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西暦645年、大化の改新により「むさし」と「ちちぶ」の二国が統合され武蔵国が誕生、この地に国府が置かれました。その頃から国府の中心という事で「府中」と言われるようになりました。
早くから政治、経済、文化の中心地として栄えてきましたが、鎌倉時代末期は度重なる合戦の舞台となり、国府として栄えた府中も荒廃しました。しかし、江戸時代になり、甲州街道の整備とともにその宿場町として再び繁栄を取り戻し、明治以降は郡役所が置かれるなど、多摩地域の中心として歴史的役割を担ってきました。
そして、昭和29年4月、府中町、多磨村及び西府村の1町2村が合併し、人口約5万人の府中市が誕生。現在では、23万人を擁する首都東京の近郊都市として、発展を続けています。
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